書籍紹介(第四回)  熊谷 直樹


 9月20日(土)、新潟市内で、新潟県私学の公費助成をすすめる会などが主催する “私学のひろば 97のつどい”が開かれます。
 記念講演には、アダルト・チルドレンについての第1人者で日本の共依存関係を紹介した斎藤 学(さいとう さとる)さんが来られます。斎藤氏の講演を多くの方に聴いていただきたいと思い、今回は斎藤氏の代表的著書『アダルト・チルドレンと家族』を紹介します。といいながら、この著作は内容的に濃密なものであり、その全容を紹介することは一読した程度では不可能なため「まえがき」を紹介させていただきます。

『アダルト・チルドレンと家族』

  1996年4月  学陽書房刊  
  定価  本体 1,533円   税金 77円


 世の中には自分というものを肯定することがまったく出来ないという人がいる。その人が自分のことを手紙で訴えるとすると、たとえば次のように書く。

 「何をするにも自信のなさが伴います。毎日、普通に生活しているだけでもそのなかでまわりの人たちに自分という存在が近くされていると思うとどうにも不安になり消え入りたいような気分になります。自分がどこにいても誰といても何か場違いな気がしてしまいます。この世界と自分がうまくかみ合わず、身の置きどころがないような不安な感覚です。まるで自分はこの世の中の不純物のような存在に思えてきます。自分がこのように生まれてこうして生きていることが何かの間違いのような、この上なく不自然なことに思われてならないのです。時々、自分に関するあらゆる事実をこの世から抹殺してしまいたくなります。そうすることでよりこの世の中の調和がとれるように思えてくるのです。」

 これを書いたのは20歳の青年で、物心ついた頃から食と性の両面で強い規制を親から受けて育ったと訴えていた。小児喘息があって食物を厳しく規制され、食欲そのものが罪悪のように感じられた。四〜五歳頃、自慰で陶酔することを覚えた。

 「初めて自慰行為を発見された日以来、幼い私は家族が出かけて一人で留守番をしているときにその行為に身を委ねるようになりました。静かな家で一人、ポーッと我を忘れてその行為に耽っていると、たいてい部屋の庭に面したサッシのガラスが外から割れんばかりにけたたましくノックされる音で、ハッと我に返ります。その瞬間はいつも、背中から冷水をかけられたような一瞬心臓が止まるような思いがします。電気に打たれたように飛び起きてそちらを振り返ると、ガラス越しに目をつり上げたヒステリックなおそろしい形相をした母親がキッと私を睨んでいます」

 激しい折檻が、この後に続いた。それはいつも一切の説明が省かれた無言劇の中で行われたので、このトラウマ(心的外傷)を経た子どもはいいようのない罪悪感と自己不信のなかに放置されることになった。母の恐ろしい様相は、この青年の短い生涯を支配した。 彼は中学時代を手洗い強迫に囚われて過ごし、高校生になると対人恐怖に悩まされ、その間を通じて、ペットの猫たちをいじめ尽くしていた。折檻するのは決まって母親で父親は無関心を装っていたが、そうかといって父親から保護されたという記憶もない。陰惨な暗雲に覆われたような夫婦関係のなかで、彼は一人っ子だった。

 高校を卒業すると、この青年は逃げるように家を離れ、大学進学のために上京した。やがて彼は大学やアルバイト先の同年輩の女性たちと親密になるのを避け、学童期の少女たちに性欲を感じる自分に気づいて愕然とした。少女を襲い、凌辱し、かつての猫たちのような目にあわせてしまうかも知れない。この恐怖が彼に、私あての手紙を書かせた。

 私は彼に返事を書き、出会い、治療を勧め、ある精神科医を紹介した。当時の私は公立研究施設の研究員で、臨床の場を持たなかったからである。二年後、彼は自殺した。

 私はこの青年の治療に携わらなかったが、この二年間というものいつも彼のことが念頭にあった。この青年が体験したような家族内トラウマとその後遺症に対して何ができるかを考え続け、あげくに臨床の場をつくった。そして一冊の本を書いた。その本がこれであるので、本書はこの青年のための鎮魂の書である。臨床の場というは、1995年9月に創設した家族機能研究所とその付属クリニックのことである。青年が自殺したのは、この研究所が発足する直前、8月のことだった。
 本書のタイトルになったアダルト・チルドレン(AC)という用語について、本書のなかにも述べたことだが一言お断りしておきたい。ACは元来、アメリカのアルコール依存症の臨床のなかから産まれた言葉で、「アルコール依存症の問題を抱えた家族のなかで成長した大人」(AC of Alcoholic )を意味している。私が本書のなかで用いているAC概念は、このACoA をふくむが、それだけではない。アメリカの臨床家たちのいうACよりも広い範囲を指し、より深い病体をも含んでいる。私がACといういのは、ここに述べた家族内トラウマの後遺症(PTSD:心的外傷後ストレス性障害)に悩む者のことである。

 次に、「第3章 アダルト・チルドレン」の中で家族としての機能が不全な場合の家族のなかでの子どもたちの「役割」を分析している部分とアダルト・チルドレンの感情と行動を紹介すると以下のようです(89ページから105ページ)。

 ◆ 子どもの「役割」
 【ヒーロー(英雄)】
 両親の冷たい関係を一時的にせよ良くするために星飛雄馬のように世間に評価されるよう一層頑張ろうとする子ども
 【スケープゴート(犠牲の山羊)】
 ヒーローのちょうど裏返し。一家のなかのダメを全部背負うような子ども。とにかくこの子さえいなければすべて丸く収まるという幻想を家族メンバーに抱かせることで、家族の真の崩壊を防いでいるような存在。
 【ロスト・ワン(いない子)】
 「壁のシミ」ともいわれ、ヒーローやスケープゴートのようには目立たない、とにかく静かで文字通り「忘れ去られた子ども」家族が何かしようとしたときにもフッといなくなり、いなくなったことも誰からも気づかれない子ども。かれらは、こうした形で家族内の人間関係を離れ、自分の心が傷つくことを免れようとしている。
 【プラケーター(慰め役の子)】
 多くの場合末っ子で、小さなカウンセラーと呼ばれる。  【クラン(道化師)】
 慰め役の亜種としての「道化役の子」たとえば親たちの間に言い合いが始まって、家族のなかに緊張が走るようなとき、突然とんちんかんな質問を浴びせたり、歌い出したりしはじめる子。道化の仮面の下の顔は寂しい。
 【イネイブラー(支え役の子)】
 小さいときから他人の世話を焼いてクルクル働き回っている。「偽親」とも呼ばれ、子どもたちのなかの一番上の子がこの役につくことが多い。

 ◆ アダルト・チルドレンの感情と行動
 【アダルト・チルドレンは周囲が期待しているように振る舞おうとする】
 【アダルト・・チルドレンは何もしない完璧主義者である】
 【アダルト・チルドレンは尊大で誇大的な考え(や妄想)を抱えている】
 【アダルト・チルドレンは[NO]が言えない】
 【アダルト・チルドレンはしがみつきを愛情と混同する】
 【アダルト・チルドレンは被害妄想におちいりやすい】
 【アダルト・チルドレンは表情に乏しい】
 【アダルト・チルドレンは楽しめない、遊べない】
 【アダルト・チルドレンはフリをする】
 【アダルト・チルドレンは環境の変化を嫌う】
 【アダルト・チルドレンは他人に承認されることを渇望し、さびしがる】
 【アダルト・チルドレンは自己処罰に嗜癖している】
 【アダルト・チルドレンは抑鬱的で無力感を訴える。その一方で心身症や嗜癖行動に走  りやすい】
 【アダルト・チルドレンには離人感がともないやすい】



 さて、冒頭に紹介した講演についてその概要を紹介しておきます。

“97のつどい”全体プログラム
 13:30 受付
 14:00 開会
署名運動スタートセレモニー

 15:50 市中パレード
 文化講演
  「自分のために生きていけるということ」
      斎 藤 学 氏 (家族機能研究所代表・医学博士)

  日 時  9/20(土)
  会 場  新潟ユニゾン・プラザ
       新潟市上所2丁目  025(281)5511
  参加費  無料



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