No.41 1997年9月
「冷夏」の予想に反して暑い夏でした。お盆前後の一時期、秋を思わせるくらいの夜の涼しさで、「このまま夏が終わってしまうの?」とちょっと寂しかったりしたのですが、再び暑さが戻り、こう残暑がきびしくなると、「早く涼しくなってくれ。せめて学校が始まる9月1日からは」と、祈りたくなるような気分です。
私は6日に引っ越しをして、その準備や後始末などに追われた夏でした。研究会には、磐梯熱海で開かれた教育科学研究会の全国大会と、川口町で開かれた新潟県教育研究協議会の夏の集会に、それぞれ日帰りで参加してきました。個人的には、教員になって初めて担任した子どもたちの同級会に参加して、31歳になった教え子たちと本当に楽しいひとときを過ごさせてもらいました。紆余曲折はいろいろありながらも、それぞれの世界でたくましく働き生活している子どもたち(教師から見ると31歳の立派な社会人も、「子どもたち」と見えてしまうのが不思議ですね)との歓談は、教師冥利に尽きる瞬間でもあります。同時に、「中学時代の成績や性格、ましてや進学した高校などで、人間の値うちは絶対に測ることはできない」との思いを、あらためて感じさせてくれるひとときでもありました。「どの子もすばらしい」、9月1日、教室に戻ってくる内野中2年2組の生徒に、そんな思いで関わっていきたいと決意しています。
みなさんの夏はいかがでしたか。
先月の定例会から
Aさん
娘が普通科の高校を2年で退学し、現在通信制に通っている。学校を休み始めた去年の今頃は、本人に気を使い家族中がピリピリしていた。しかし、「待つしかない」と知らん顔をしていると、やがて「バイトに行きたい」などと本人の方から声を出してきた。いまだに、「どうして高校出なきゃだめなんだ?」と問いかけてくるが、それに対しては母親の意見をさらっと言う程度に留めている。
通信制には、まわりにも本人と同じような子が多いので合うのかもしれない。だけど本人は自分の体験を挫折と感じているらしく、中1の下の妹に「自分みたいになるな」とさかんに言う。「もっと勉強しなきゃダメだ」と説教している。
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Bさん
中1の娘。小6の時1ヶ月くらい行かないときがあった。人に何か言われるとすごく気にするタイプで、登校時に頭痛が続き、その後「行きたいけど行けない」という状態になった。学校を休み始めてから子どもは元気になったが、自分(母親)自身がまいってしまって、仕事も休んだ。
学校はすごく協力的で、それがよかったのかどうかわからないし、一般化はできないが、毎日家庭訪問してくれたり、女子全員から手紙をもらったりした。手紙をもらったときはとても喜んで、「みんなに返事を書くんだ」とはりきっていた。
中学へは元気に通っているが、疲れている様子を感じる。
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Cさん
雑誌を読んでこの会を知り、初めて参加した。高2男子。1年の時は問題なかったが、「どう思われているか」をすごく気にする子。2年のクラス替えで、本人にとって気になる存在だった元気のいい子と同じクラスになったが、どうもその子とトラブルがあったらしく、6月から「行かない」と宣言し不登校に。親の方がまいりそう。夏休み中になんとか気持ちを切り替えてほしいし、夏休みが正念場と思っているが、本人の様子を見ると、「行かない方」に気持ちが傾いている感じがする。
今は外に出ることをいやがり、家の中にばかりいる。好き嫌いが激しく、人を見た目で判断する。
学校へ行かなくなった理由を親が担任に話したら、それが本人に伝わり、「おまえが話したからますます行けなくなった。言わなきゃ行けたのに。おまえのせいだ」と親を非難する。
「大検受けようかな」などと言っているが、マンガ見てテレビ見て寝る毎日で、とてもそんな言葉はまともに聞けない。父親の出番だと思い、「とことん話をしよう」と追いかけてもみたが、そうすると物にあたって暴れる。毎日切ない。
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子どもが学校へ行かなくなったとき、自分(親)も食べられないし、眠れないし、眠っても眠りが浅いし。「今部屋で何してるんだろ?」と気になるし、「ひものような物は置けない」と隠したり、救急車が来るとビクッとしたり。本当に切ないよね。
高校生だから、親に出てもらいたくないというプライドは強いし、でも頼らずにはいられない弱さも同居しているのかな。弱さというより、問題解決能力といったらいいかもしれない。「何とかしてやりたい」というCさんの親心はよくわかるけど、むしろ親は見守るだけにして、今本人が直面しているトラブルは本人に解決を任せた方がいいんじゃないだろうか。高校に戻るか、辞めるか、それは本人が決めることだし、本人がその友達とのトラブルとどう向き合い解決(克服?)していくかが一番大事なんじゃないかな。人生の中で大切なのは、中学や高校で手にする「一点でも多くとれる受験学力」ではなく、起こったトラブルとどう向き合い解決していくかという力だと思う。それは体験を通じて獲得していくもので、子どもたちは失敗や試行錯誤を繰り返しながら、その力をつけていくんだから、あまり親は出ない方がいいんじゃないかな。
8月は、西の参加した例会が1つだけで、また新潟は懇親会でしたので、例会報告が簡単になってしまいました。お許しください。
2つの集会から
夏休み、西が参加した2つの集会で、要項・レジュメや印象に残ったことを簡単にご報告します。
教育科学研究会の全国大会
(前文略)
また、近年の傾向として、教師や教育相談員の子どもが登校拒否になる例が多く、親としての苦悩の中で、これまでの自分の教育実践や教育相談のあり方にたいする問い直しを迫られている人々もいます。そこでは、とりわけ男親の価値観の根底にある、「子どもは鍛えなければ成長しない」「がんばれない人間は弱い人間だ」といった「がんばり主義」の人間観・教育観が、子どものありのままを認めるうえで大きなネックになっています。しかし、それを責めるだけでは何の解決にもなりません。「がんばり主義」にすがって生きてきた親の生き様に寄り添い、自分の価値観が子どもの存在によって揺さぶられ、くつされる苦悩に共感するところからしか、進む道は見えてきません。それは、親たちの迷いや揺れの中に新たな可能性を見ることでもあります。
いま求められているのは、子どもたちのありのままが認められることの保障と教師も含めた大人たちの新たな価値観やライフスタイルの模索とを、これまでの「学校」のあり方を越えて「重ね合わせる」という発想ではないでしょうか。あらためて「子どもの声」と「親(特に男親)の苦悩」をていねいに聞き取り、現在の社会・家族と学校のあり方、そして関係をとらえ直し、行政の動きも見据えながら、具体的な展望を拓いていくための一歩を踏み出せたらと思います。
(不登校・登校拒否の分科会紹介から)
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中3から行かなくなり、現在17歳の男子のお母さんの報告と意見交流から
やりたいことが見つからず悶々としている本人を前に、待つしかないのだろうか。 見守るだけしかないのか。後押ししてあげたい。
うちの子も人間関係で傷ついて行けなくなった。本人は人間としての誇りを奪わ れた思いがすごく強い。親は上からものを言っている印象をどうしても感じるらし い。「学校でも、いい先生だったけど、結局がんばってもがんばっても追いつかないことをわかってもらえなかった」と言っている。
どんなに大変だったんだろうなと思う。親子で地獄を歩いてきたという同じ体験を持つからこそ分かり合える。だけど親子関係は必ず修復できる。親子だもの。真正面から向き合えば。「あなたを信じてる」というメッセージ。
高校を休学したらすごく明るい顔になった。今きつい仕事について定時制に通っているが、「つらい」と言わない。それは今通っている会社では失敗しても誰も責 めないかららしい。間違うことが許される安心感がある。ところが通っていた全日制の高校にはそれがなかった。
「子どもに寄り添う」とよく言うが、子どもにとってはうっとうしく感じる寄り 添い方もある。その寄り添い方を具体的に語り合う必要があるのでは。
基本は、「自分は生きていても大丈夫だ」という実感。やがてそれが「自分はか けがえのない存在だ」と感じれること。こういう思いを本人がつかむために、まわ りは何ができるか。
精神科医にもいろいろ。特に大人を扱ってきた精神科医は扱いが荒く、注射や薬 を安易に使ったり、縛りつけて閉じこめたりするところも少なくない。専門家を頼った結果、逆に人間を恨む結果になることもある。だからどの精神科医が信頼できるか、情報をきちんとする必要がある。今のところ「児童青年精神科医」という肩書きのある専門家は信頼できる人が多い。
どの子も登校拒否の過程で痛めつけられている。傷を受け茫然自失という状態。恨みを持ったり。それは突然犯罪や天災に遭遇した被害者が受ける傷と同じ(トラウマ)。その傷にたいしては、とにかく抱え受け入れてやるしかない。傷を受けた1年間は特に大事。怒りや苦しみ、恨みといったものをていねいに引き取ること。評価はいっさいいらない。それはテクニックじゃなく、一緒になって怒ったり泣いたりしてやればいいし、それしかない。(横湯園子さんの発言)
新潟県教育研究集会新潟県教育研究集会
愛知私教連委員長:寺内義和氏の講演から(詳しくは、同氏著「大きな学力」を)
「生きているということは、いろいろ矛盾していいと思うんですよ。人間は合理的存在ではないのですから。合理的に裁けば、誰もがいたらなくなってしまう欠点を突っつかれてギリギリやられたら、たまらないですよ。
でも、人間はすごく素晴らしくなるときがありますね。素晴らしい人だからというのではなく、素晴らしくなったらその人はずっと素晴らしいままでもない。一瞬素晴らしくなって、すぐダメになると思いますけど、でも素晴らしくなるときがある。」(山田太一さんの言葉)
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◯人間を相対的に見る視点が必要。
◯「大きな学力」の基本的要件は
(1)目標をつくり、それを追求する力
(2) 関係を深め、広げる力
(3) 生きて働く知識、感性、技術、体力
◯「大きな学力」の源泉は
(1)「はっとする」体験 「波風のたつ」体験── 地獄、感動、達成感、発見、出会い等々「主体的」体験─────参画と挑戦
(2)(1)の体験が生きるために「関係の光」があたること、深い共感能力・聞く力を持つこと
◯日常の学校生活や授業の中から、「こいつはすごい奴だ」と人間的に感動したり 尊敬できる子が出てくることはまずない。ところが高校生が主体者の高校生フェス ティバルからは、「こいつはすごい奴だ」というのが次から次へと出てくる。その 差は何か。上に述べた「はっとする体験」や「関係の光」が学校の中にないからに 他ならない。
◯ 今こそ、「自分は人間として求められている。何を言っても理解し合える仲間が おり、打ち込める仕事もある」と実感できる『関係』と『居場所』の無数のネット ワークを!
会員のお母さんの発表から
7月31日から8月1日の三日間、新潟市内で全国高等学校教育法研究会(略称高法研)の全国大会が開かれました。
最終日の1日には、「高校で何を学ぶか」をテーマにシンポジウムが企画されました。次の文は、シンポジウムのパネラーをしていただいた、新津アーベルの会の野沢洋子さんの当日の発表です。本人の許可を得て、皆さんに紹介します。
野沢洋子でございます。高校一年生の男の子をもつ母親として参加させていただきました。高校一年生の長男のほかに小学校四年生と中学一年生の女の子と三人の子どもの母親として、そして働く女性として、仕事に家事に育児にと本当に目の回るような忙しい生活を送っています。本当に子どもが大好きで、ゆっくり立ち止まって、一人ひとりの子どもの話をきちんと聞いてあげたいと思いつつ、忙しさに追われ、なかなかゆったりとした時間を子どもたちと過ごすことができないのですが・・・。
母として子どもたちに関わってやれる時間は長いようでほんの短い間の事です。
“いまに生きる”子どもたちの成長を通して私自身ももっともっと成長していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。今日は小学校六年生の終わり頃から不登校を始め、約三年余り、この三月まで自宅での生活をしていた長男が、この四月から明鏡高校に通い始め“高校”ってこんなにも生きる力を与えてくれるものなのかと、私自身が目を見張るほど青春まっしぐらに高校生活をおくる長男を通して見えてくる、生活のための生きる力を伸ばす本当の勉強とはどういうものなのか、私なりに考えたことをお伝えできればと思います。
不登校を克服できたのは、親の力ではなく子ども自身の力であり誰にでも備わっているものだと思っています。長男が不登校になったことは私にとって当初耐え難いことであり、「あんなににぎやかで友だちも沢山いたのに何故!!」と思わずにいられませんでした。祖父母は同居していましたが、私たち両親が共働きなので長男は二歳から四年間保育所生活をし、保育所の主のような存在で、本当に保母さんたちからかわいがられ、保育所でも家庭でも優しい心の持ち主としてのびのびと育ったと思っています。小学校に入学して新しい友だちがふえたり、担任の女の先生のちょっとおっちょこちょいで明るくおおらかな雰囲気が漂う教室は長男にとっては居心地がよく保育所ののんびりムードの延長のような・・・そういう点では等身大の自分でいられる小学校生活のスタートだったと思います。
絵が好きだったので、よく賞状をいただいたり、勉強も遊びものんびりマイペースでやっていました。そして、この等身大の自分の姿がずっと保ち続けられれば、きっと不登校という道をたどらなくてもすんだのかナ・・・とも思いますが、だんだん学年が進むにつれ管理教育が強くなり、しだいに本来の自分とは違う自分を学校生活の中で演じて行かなければならなくなったのではないでしょうか。そんな居心地の悪い学校には行かない!・・・と自分自身で決めてしまったのだと思います。当初の私たち親の困惑ぶりをお話ししたら、それだけで時間が終わってしまいますから、今日は省略して実際に今不登校を克服したわが子がどんな夢を描いて毎日を送っているのかをお話ししたいと思います。
話は少し戻りますが、学校に行かなくなってから、私が同行してしばらく通学していた時、特別教室で担任以外の先生から指導を受けていましたが、ある時、教頭先生が長男に学校のどこが悪いのか聞いたそうです。すると長男は“一クラスの人数が多すぎる。勉強が早すぎる。忙しすぎる。”と答えたそうです。わが子ながらこの子は物事をよく見ている子だと感心したことを、今でも鮮明に覚えています。さらに学校に行かなくなった理由については、“大人になったら言うヨ”と小学校を卒業してからしばらく経って、私にポツリと言いました。でもこのごろ・・・聞かなくてもいいかナ・・・と思うようになりました。きっと学校の大きな建物そのものが重荷だったり、いつも元気印でいなければやって行けないような人間関係がそのときは耐えられなくなったのでしょうから。原因はこれだ・・・などというのは、きっと本人自身わからないんじゃないのかナと思うから、でももうしばらく待ってみることにします。
さて、この四月からわが子は高校に入学しました。本当に一年前には考えられず、昨年12月から本人の意思で進学を決め、準備に入りましたが、中学3年生の担任の先生の適切で暖かいご指導やアーベルの会の仲間の励ましがなければ、不登校のため、出席日数の関係で高校進学は断念していたかもしれません。本当にすべての不登校児が正確な情報のもとで行きたい高校に進学できることが望まれると思います。
わが子が高校生として張り切っている源は何だろうと考えてみますと大きく言って二つあるのかなと思っています。
一つには、高校に入り同世代の仲間ができたことだと思っています。入学式の日に担任の先生からいただいたクラスだよりには「入学おめでとう!ここに至るまで苦しいこと、楽しいこと、いろいろあったと思いますが、心からの祝福を送ります。経験が多ければ多いほど人の痛みが良く分かる優しい心を持っているものです。ここにいる40数名は全くの赤の他人です。価値観も異なります。隣同士で親しく話ができるまで、しばらく時間がかかるかも知れませんが、4年後には兄弟姉妹のようになって卒業しましょう。」と書かれてありました。
本当に優しく、ていねいに、子どもたちに接してくださることを確信しましたが、これまで友達に必ずしも恵まれてこなかった生徒たちに対する思いやりが親としては本当にうれしかったです。
そんなクラスメイトや先生のいる学校に私自身、大いに魅せられまして、一番下の子を連れて夜のドライブを兼ねて何だかんだと用事を作っては明鏡高校に行きました。個性豊かな生徒たちが私も大好きになり、突っ張っていても赤でも茶色でも緑の髪の毛でも、本当に安心できる仲間たちの中で、自分を取り戻しつつある長男の姿を見つけることができました。
先生を前にして、友達と結構ハデなケンカもしたりしたことがあるとか、これまでは考えられなかったことなので、本当に誰に遠慮もせずに自分の気持ちを出せるようになってきたのだと思っています。
二つ目は、労働することの喜びや大変さをつかむことができたことだと思っています。そして“労働”についても、やはり担任の先生のクラスたよりで生徒たちにこのように呼びかけています。「夜間の定時制は昼間授業がないので、あり余るほど時間があります。それを有効に使ってください。一番よいことは仕事をすることです。人間は人とのかかわりあいを避けることのできない社会的な動物です。決して一人では生きてゆけません。煩わしい人間関係はつきものです。それに耐えて行ける力をつけてくれるのが仕事です。ぜひ、職を見つけて下さい。」このように書かれてあります。毎日、ホームルームでもそのことが話され、4月半ばころから長男は一人で職安に足を運び、本当に仕事を自分の力で見つけ、履歴書を書き、面接に行き、その場で採用が決まり、4月末からガラス工場で働き始めました。
随分苛酷な労働のようですが、暑さとやけどに負けないでこんな力がどこにあったのかと思うほどがむしゃらに働いています。実は私はきっとそう長くは続かないだろうと思っていたものですから、本当に頭が下がるばかりです。ガラス職人は3人で1チームを作って作業していますが、技術を身につけなければ使い物にならないため、失敗をすると、すかさず大声で怒鳴られるのだそうですが、本人曰く、「オレ、怒鳴られてがぜんやる気が出てきた。負けない。覚えてやる。」と大勢の大人の中で、自分も一人前になりたいと本気で頑張ろうとしていることを痛感しました。このパワー全開ともいえる労働に対する意気込みはすごいもので、仲間に迷惑はかけられないと微熱があっても仕事に行き、ついに夜、学校でダウンしたこともありました。そして今、労働のために役立つ勉強をしたいという彼なりの考えで勉強に取り組んでいるので、それを私たち親も応援しています。
そんな中で今、彼が熱中しているのは英語です。英会話であり、サイモンとガーファンクルの唄を自分で稼いだお金で買ったCDで聞きながら、英語の発音を覚えてノートに写し、その英語を訳しているのです。数学も英語も押し付けられてやる勉強ではないので、進み方は遅くても自分の身につけたいと思ったときは、とことん吸収しようと全力投球をするのだと思います。
幼いころ、甘えん坊で、私にいつもしがみついていた長男は、この3年間、自分の頭でじっくりと物事を考えることを学び、自分の力で生きて行こうと必死になっています。
最後になりますが、自分の夢を膨らませる点で、大いにプラスになっているのが、私は読書だと思っています。今、読書中心の生活をしています。これは小学校時代には考えられなかったことです。3年間の3分の1くらい絵を描いていましたが、その絵のイメージの参考にしたいと、アメリカ文学を読み始めたのが今につながっています。県立図書館にあるモンゴメリーの本は全部読み、さらに止まることを知らず、本の魅力に取りつかれています。数日前、長男の読書好きについて、夫は「これからの彼の人格と気品をつくるうえで、大いに役立つだろう」と言っておりましたが、そのとおりだと思います。たまたま不登校という形の中学校生活を送りましたので、今、身体はきつくても精神的にゆったりとした生活を送ることができ、読書への情熱もますます高まっていますが、もし受験競争真っ只中の高校生活を送っていたとしたら、自分流の読書など不可能に近いのではないかと思ったりもしました。豊かな言葉と発想が長男の口から飛び出すのを毎日楽しみにしていますが、曇りのない純粋な気持ちをいつまでも大切にしてほしいと願わずにはいられません。
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