先月の11日と12日、NHKスペシャルで「不登校」と「引きこもり」を扱った番組が放映されました。どちらも大きな関心を持って視聴しましたが、特に「引きこもり」の番組は、問題の深刻さと解決の難しさ、行政の対応の不備を鋭く追求した内容で、大いに考えさせられました。
「引きこもり」に悩む家族は数十万世帯にのぼるとも言われていますが、厚生省は、その実態さえ把握していないという状態や、これから3年をめどに実態を把握し、対策を考えていくという悠長な姿勢に、怒りを感じました。当事者や家族にとっては、まさに今援助の手をさしのべてほしいのに、どこに助けを求めたらいいかわからないで苦しんでいます。助けを求める叫びをあげても、それを受け止め真正面から関わってくれる行政機関がどこにもなく、家族だけで抱え込み、やがて疲れ果てていく。そんな姿に、日本の貧弱な福祉政策や教育政策を感じ怒りがこみ上げてきました。 アーベルの会でも、「青年期の引きこもり」に悩む家族がいくつもあります。アーベルの会は、癒しの場としての役割は果たせているかもしれませんが、「引きこもり」問題を解決するには、カウンセラーや経験者、同世代の仲間たちなど、様々な人たちの知恵と力を合わせることが必要で、そういう機関が身近にないことに歯がゆさを感じます。また、支え支えられ合う人間関係をつくることがとても難しくなっている若い人たちの状況を考えると、「引きこもり」はこれからも増え続けるだろうし、それこそ「誰にでも起こりうる」という時代になっているのかもしれないと、番組を見ながら感じました。
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Aさん 小1の途中から行かなくなった、今小6の二女は、インターネットとお絵かきメールに関心を持って、そこで世界を広げている。 |
Bさん小6から行かなくなった中2の娘。家では安定しており、進研ゼミを使って自主学習している。夕食づくりや洗濯など、家事をよくやってくれるので、とても助かっている。以前行っていたカウンセリングもピアノもやめ、今はほとんど外に出ていない状態。安定しているから、今それほど困ってはいないが、学校の対応には不満が多い。学校は、こちらから働きかけないと何もしないし、担任まかせという感じ。友達からの働きかけもなく、娘と関わる人があまりにも少なすぎて、人とのつきあいの中で学べないことが、心配といえば心配かな。 |
Cさん中3の娘。とても疲れていて、今は週2日は確実に休む。登校するときも疲れた表情で、行きたくない様子が伝わってくる。「学校って、すごく疲れるところだよ、お母さん」とよく言う。中1の弟は元気に学校に行っており、きょうだいの気安さで、姉に「なんで休むん?」とストレートに問いかけるが、姉も「う〜ん、学校が怖くて行けないんさ」と気軽に答えている。いい感じ。 |
Dさん小6男子。学校に行かなくなって何カ月もたつが、最近は安定しており、地図を見たり時刻表を眺めたりと、自分の好きなことをやっている。自分で何かやろうとするエネルギーが出てきているのを感じる。だけど、学校のことになると、まだ駄目みたいで、卒業アルバムの写真を「できれば一緒に」と学校が働きかけてくれ、本人も「行く」と言うのだが、いざとなると車から降りられず、結局写真屋で撮った。数週間前、猫を拾ってきて、「どうしたらいいか、先生に聞いてこよう。飼ってくれるかもしれない」と、自分から「学校に行く」と言い出した。今もその猫は我が家にいるが、以前から飼っているウサギとの関係や、祖母が「臭い」と不満を口にするので、和むことよりもトラブルの方が多い。「中学に入ったら、修学旅行でディズニーランドへ行くけど、僕は誰と行こうかな」と、遠い先のことを心配している。 夫との関係では、先月指摘された「アイメッセージ」を心がけているけど、なかなかうまくいかない。理解してほしいという気持ちが強すぎるんだろうか。 |
Eさん中2の途中から行っていない中3の男子。本人が、テレビで宣伝していた「15歳〜学校W〜」の試写会を申し込んだらしく、それに当たって、先日一人で行って来た。感想を聞いたら、「見るべきだ」と一言。やっぱり本人なんですね。「あかね色の空を見たよ」の上映会では、親が本人に見せたくて何回も誘ったけど、結局見なかった。夫は、「本人に見せたかったな」とがっかりしていた。でも、今回は何も言わないのに、一人で考えて自分の意志で試写会に申し込み、行って来た。それがとてもうれしかった。「周りから見ると、(学校へ行かず好きなことをしているからと)楽しそうに見えるかもしれないけど、学校へ行かないのは苦しいんだ。だけど、行かないと決めたら楽になった。卒業まで耐えて、卒業したら修行に出たい」なんて、本人は夢みたいなことを言っているけど。 中学の先生は忙しいんでしょうかね。もう少し子どもに働きかけてくれたり、積極的に関わってくれたらと、何度も思った。うちの場合は、明らかに学校に原因があるだけに、学校の働きかけ次第では登校できるチャンスが何回かあっただけに。以前、久しぶりに登校したとき、せめて優しい言葉をかけてくれたらと、今でも悔しい。親が子供のことで初めて学校に行ったとき、「長くかかりますよ。卒業までこれないこともあります。でも大丈夫、卒業はできますから」と言われて、とてもショックだった。それよりまず、学校に行けるようにするにはどうしたらいいか、一緒に考えてほしかったのに。「学校としては、とにかく問題を起こさずに穏やかに過ごして卒業してくれればいい」というような雰囲気を感じた。 |
Fさん中学の時不登校だったが、高校に入り、波はありながらも学校に通っている。欠席が続いたとき、高校の担任は、「F君の場合は、行きたいのに行けないんだから、仕方ないですよ」と受け入れてくれ、若いけれど人間的にできた先生だと感謝している。文化祭の準備に一生懸命がんばる子どもの姿に、中学の時のことが嘘のようだ。先生も、準備で遅れたときなどは車で自宅まで送ってくれたりして、ありがたい。 |
Gさん1年留年し、今年3年になった19歳男子。NHKでやった「引きこもり」の番組を見て、うちも似たような感じだったし、今でもそうなるんじゃないかと不安がある。高校を卒業後、就職でつまづいたら引きこもってしまうんじゃないかとか。「引きこもり」や「家庭内暴力」を起こす子ども(青年)には、よく「あるがままに受け入れる」と言われるけど、それが難しい。心情的には受け入れても、具体的には「〜が欲しい」という物の要求であったり、無理難題をふっかけるような要求をしてきたり。そんなときはどう対処したらいいのか、いつも具体的なところで悩む。 9月末、学校で先生とトラブルを起こし、そのときは「もう学校へは行かない」と感情的になっていたが、10月は休み休みしながらも登校した。だけど先日も、「大学進学の参考書買うから、明日の休み、車で連れて行ってくれ」と言っておきながら、当日になると「やっぱ行かね」と簡単にキャンセルする子どもに振り回されている。 |
Hさん一浪後、国立大学に入学したが、「受験生の頃は目標があったが、大学に入ったらやりたいことがない」と、やる気を失っている。住まいを変えてアパート暮らしをはじめ、先日そのアパートを訪ねた。部屋はゴミの山で、こんなところに生活しているのかと、(予想はしていたものの)ちょっとびっくり。人との関わりをうまくつくれない子なので、引きこもりになるんじゃないかと不安がある。 |
Iさん9月半ばから行かなくなった中1男子。市の教育センターで母親がカウンセリングを受け、本人も通っている。インターネットをやらせてもらったりして、通うことをいやがってはいない。先週の放課後、担任の薦めで、テスト前の部活動停止期間のため生徒がいない放課後に、制服を着て登校してきた。教室で30分くらい先生と話をしてきたらしい。 先週新聞の広告で見つけた歌手を養成するプロダクションのオーディションに、自分から申し込み、書類審査を通って2次審査に行って来た。70人くらいおり、5人の審査員の前で無伴奏で歌ってきた。歌番組が好きな子だったし、6年生の時は六送会の司会をしたことはあったが、親としては意外だった。受かりっこないと思うが、本人は「(結果を知らせる)封筒が届いたら、封を切らずに自分に渡してくれ」と、その気でいる。今までと違う動きが見えてきた。 |
Iさん小3男子。4月から行かなくなった。運動会と文化祭には参加したが、近所の友達との交流は全くなくなっている。兄や姉・いとことは仲良く遊んでいるのだが。今は県の教育センターに、月2〜3回程度、母親と通い、遊戯療法を1時間くらい受けている。それは嫌がらずに行っている。「本人が動き出すのを待つ」と、両親も祖父母も、学校に行かせようとする登校刺激は一切していないが、それでいいんだろうか。 自分(祖父)としては、もう少し押してもいいんじゃないかと思うが。今、レンタルビデオ店へ借りに行くときも、友達とは絶対に会わない時間を見計らって行っている。 母親が仕事から帰るとまとわりつき、8〜9時に帰宅する父親と一緒に入浴する。両親は、休みの日になると、買い物やスポーツに本人を連れだし、一緒に楽しんでいるようだが、行っていない姿を見ると、孫がかわいそうで。 幼稚園のころから行き渋りがちで、1・2年の時も、母親が送っていったりということもあった。担任の先生が優しくて、本人も「〜先生、〜先生」と慕っていた。3年になってクラス替えがあり担任も替わって、内心心配していたが、新学期当初は張り切っていっていたのでほっとしていたところ、4月の後半からばったり行かなくなった。原因がなんだか分からないだけに、どうしたらいいか迷っている。 いろいろな本を読むと、低学年の不登校に対しては、大きく分けて二つの対処方法があるようだ。一つは、周りで押してやった方が早く復帰するという考え方、もう一つは、刺激しないで、本人が行く気になり行動を起こすのを待つという考え方で、うちの場合はどうしたらいいか迷っている。本人は、「僕は2001年になったら行く」などと言っているが。 |
Kさん今小6を担任している。去年の今頃から休んでいる女の子。この1年で来たのは、5年3学期の社会科見学の時と、運動会、修学旅行だけ。市のセンターに月1回母親が相談に行っているが、それを娘には言えないと言う。言うと本人が心配するらしい。 本人はすごく人に気を遣う子で、すぐ「ごめんね」と謝る。5年生になったばかりの頃は、学級委員に立候補したし、成績もすごく優秀で、周りの評価は、「とてもきちんとしている子」。だけど本人は、「私はそんないい子じゃない」と言っていた。今は全く勉強していないから、そんな自分を責めて、そのことも行けない原因になっているかもしれない。母親の話だと、最近はよく頬杖をついて悩んでいるらしい。「何を悩んでいるの?」と尋ねると、「これからのこと」と答えるらしい。自分としては、母親も本人ももっと周りに「ヘルプ!」と叫んで、力を借りればいいのにと思うが、 それができない感じ。 |
私は、自分でためておけないから、周りに聞いてもらうし、聞いてもらうと楽になるよ。
そのお母さんも、周りにも子どもにも、だらしないところや駄目なところを見せられないのかもしれないね。がんばってきた人だろうし、立派にいろいろなことができた人で、そういう姿を子どもは見て育ってきたんじゃないかな。がんばれるときはがんばればいいけど、がんばれないときは「助けて」と言っていいんだよと言うことを、言葉ではなく生き方で伝えられたらいいんだけど。まず、先生がそのお母さんに、弱音を吐いたり、支えてもらっている姿を示したらどうだろう。
スーダラ節の人生じゃないから疲れるんだよね、きっと。(Kさん)
それにしても、子どもが休んでみて初めて感じたけど、学校って、スケジュールがすごいなと思う。放課後立ち寄ってくれ、息子と一緒にゲームをしていく友達も、「今はテスト前だから寄れるけど、テストが終わるとまた部活が始まるから来れない」と言っている。文化祭が終わったらすぐ生徒会役員選挙だし、期末テストが終わるとボランティア講演会があるらしいし、部活も行事も多すぎる感じがする。今度総合学習が始まると、もっと大変になるんじゃないかな、先生も生徒も。
Lさん引きこもりが続いている19歳男子。中学の頃は家庭内暴力に近いものがあったが、高校を中退してからは部屋に引きこもることが多くなり、ひどいときは1年くらい部屋から出てこなかった。3ヶ月くらい風呂に入らなかったり。でも、今年の春頃から、部屋から出て、夜散歩したり、風呂掃除をしたり、動き始めた。3年も床屋へ行っていないが、自分で切っていたらしく、髪は伸びていない。電気カミソリを買ってあげたら、「お母さん、いいの?」と言いながらもとても喜んでいた。母親にお金を使わせまいとすごく気遣う子。動き始めた我が子を、もっと外に連れ出そうと働きかけるが、直前になるとダメで、そのたびにがっかりする。だけど、先日、「お母さん、もう少し待ってくれないか」と切なそうに言う息子を見て、「いいよ、お母さんはまだ当分生きているみたいだから」と思わず答えた。母子家庭の我が家では、息子にとって自分(母親)は命綱なんだろうな、自分がいなくなったらどうなるんだろうと不安でたまらないんだろうなと、息子の気持ちが痛いほど伝わってきた。本人も必死で焦っている感じ。そんな息子を見て、親として、焦ってはいけないと自戒するが、「もう19歳なのに」と思うと、どうしても焦ってしまう。だけど、友達が、「あなたは息子の変化が見えると、すぐ何かしようとする。焦りすぎている」と、客観的に指摘してくれ、それが救いになっている。だけど、しばらく経つと、「あの人はちゃんと子どもも育っているからわからないんだ。自分は違う」とひねくれて考えてしまったり。そんなことの繰り返しの毎日。 |
Mさん今、高2の男子。2学期から行けなくなり、今退学届けを出そうかどうしようか迷っている。本人は全く行く気がない。マンガを描くグループがあって、夜になるとそのグループの所へ行ってマンガを描き、朝方帰ってくることもある。家にいるときはゲームばかり。そんな姿を見ていると頭が痛くなり、ついつい小言が口をついてしまう。仕事から帰ってくるときも、本人が家にいるかと思うと憂鬱な気分になる。夫は単身赴任で、なかなか子どものことを相談できない。 |
私の10代 NOBU(男性)
アーベルの風に私の文章を載せてもらえるということで、しばらく何を書こうか考えていました。考えた末、私の不登校児代の体験を書くことにしました。現時点の私が書いたことを考慮してもらえたら助かります。
私は、不登校を二度、体験しました。
《一度目の不登校》
私は、小学校高学年の時、学校へ行くのが恐ろしく思えました。何が恐かったのかは、具体的にはわかりません。それまで受けていたいじめが関係していたのかもしれませんが、とにかく行けなくなりました。
家でしていたことは、主にテレビゲームでした。あと、過食気味になり、体がずいぶん太りました。トイレは玄関の脇にあったので、訪問者がいたときは、トイレに行くのを我慢していました。
ちょうどその頃、新しい家を建てることになりました。その間、借家に移ることになりました。陽が入ってこない暗い借家でした。私は借家に移ったとき、「新しい家が建つまで、ずーっと眠りたい。睡眠薬でもあればなぁ」と思いました。
借家に移ったある日の夜のことです。父と母と姉は、建築中の新しい家を見に出かけました。私は外へ出たくなかったので、借家に残りました。借家には、私と祖母だけが残りました。しばらくすると、祖母が突然台所の方へ駆け出し、包丁を持ってきました。そして、包丁を私に向け、殺す勢いで追い回しました。私は二階の部屋に何とか逃げ込み、みんなが帰ってくるのを待ちました。心臓はドキドキしていました。 その日から、私は毎晩悪夢にうなされるようになりました。よく見た夢の内容は、学校の夢です。私が学校に行きます。すると、先生や友達など、多くの人たちが私を追いかけてくるのです。私は夢の中で恐怖を感じ、逃げ続けました。走って走って走り続けました。あと、もう一つ見た恐ろしい夢も、学校内でのものです。奇怪な、醜い妖怪のようなものが、学校中の人間を殺し食らうのです。いたる所が血まみれで、人間の体の部分が無惨に散らばっていました。私が逃げても、その先にはその妖怪のようなものが待ち受けていました。細く長い触手のようなものが、たくさん伸びてきました。それでも、私は逃げ続けました。
私は、学校に再登校してからは、ひたすらサッカーに打ち込みました。何かから逃れるように、夜遅くまで、夏休みには昼食を抜いて、ひたすら走り、ドリブルし、パスをし、シュートをし、全身が痛くなっても、それでもサッカーを続けました。
《二度目の不登校》
私は、中学校時代、約三年間、不登校をしました。
不登校期間中、祖母に心理的虐待を、継続して受けました。主に浴びせられた言葉は、「おまえには将来はない」「恥さらし」「根性なし」「ずる休み」などです。私は深く傷つきました。私は、誰も守ってくれない深い悲しみを感じました。
夜に居間に行くと、みんながテレビを見て笑っていました。私は、「私のことなんかどうでもいいんだ。私が苦しんでいるのも関係ないんだ。誰ももう信じられない」と思いました。ぷつりと糸が切れたようでした。
私は、よく自分の部屋で泣きました。とめどなく涙があふれてきました。しかし、次第に自分が冷めていくのを感じました。社会が、他者が、敵に思えました。また、壁に頭をぶつける、顔をひっぱたく、硬いものを足で蹴る、鏡に向かって自分をなじる、風呂に顔を沈め呼吸をできなくさせる、等の自傷行為を行いました。時には、包丁やカミソリなどの刃物で手首を切りつけました。痛みとともに血が流れてきました。自分でさえ自分を守られないことに、悲しみ、涙がこぼれました。
そんな中、私は、ある家庭教師の人と出会いました。最初は、私はテレビゲームをしながら話をしました。人の目を見るのが恐くなっていたからです。私は勉強などせず、その人と話ばかりしていました。時には、サッカー(部屋でやった)にもつきあってもらいました。その人は私の支えとなりました。
「サッカーがしたい」との一心で、高校に何とか滑り込みましたが、部活は半年で辞めてしまいました。しかし、高校は何とか卒業しました。
ここぐらいで、不登校時の回想、及び文章化を止めたいと思います。思い出している途中に、過去のあらゆる感情が息を吹き返し、大変でした。完全には過去の体験を文章化できてはいませんが、それなりにできたと思います。読んでくれた人が、「こういう人もいる」と思ってくれたら、それで十分です。また、父、母、姉、その他の人も支えになってくれたのも事実です。主に暗い面を描いたので、そこら辺の描写まで行き届かなかったのです。
現在、私は19歳です。病名は、神経症、及びPTSD(心的外傷後ストレス性障害)です。強い自己否定感を抱えながら、心療内科、神経科に通院し、カウンセリング、投薬の治療を受けています。時に、自殺の衝動に駆られますが、何とかやっています。
よく書けたかわかりませんが、ここに筆を置きたいと思います。私の体験を公にでき、少し救われる想いです。 (2000年11月12日)
事務局会議で決まったこと
『全国のつどい』の日程・・・・・・2000年8月4日(土)〜5日(日)に決定!
〃 の会場・・・・・・湯沢NASPAニューオータニに決定!
第1回実行委員会について
・日時 12月23日(土) 1時〜3時
・会場 新潟市教職員組合3階
新潟市旭町通1−96(右図)
рO25−222−9839
・内容 全国連絡会からのあいさつ
実行委員長の選出
過去の「つどい」の学習
現在決まっていることの報告
今後の活動予定
その他
活動費について
各団体や個人に、一口千円のカンパをお願いし、活動費に充てる。
カンパは、新たに郵便局に口座を作り、そこへの振込と、実行委員による募金 活動によって集める。
実行委員会のメンバーについて
アーベルの会の会員及び元会員に呼びかけ、積極的に実行委員会に参加しても らう。
実行委員会の仕事は、今後の実行委員会や事務局会議などで整理して決め、そ れぞれがやれる範囲で活動に参加する。
第2回事務局会議 11月28日(火)7:00〜 市教組
『登校拒否・不登校問題 全国のつどい IN NIIGATA』
実行委員とカンパのお願い
職場や地域・サークルなどで、登校拒否・不登校問題に関わり活動しているみなさん、いつもアーベルの会にご理解ご協力いただき、ありがとうございます。
さて、来年(2001年)8月4日(土)〜5日(日)、『第6回登校拒否・不登校 全国のつどい』が新潟県湯沢町で開かれることが決定しました。
『全国のつどい』は、大阪での第1回以来、この問題で悩むたくさんの人たちに、大きな感動と元気・笑顔をプレゼントしてきました。「ゆったりとした気持ちで我が子に接することができるようになった」「一人で悩んでいたけど、大勢の仲間に会えて本当にうれしかった」「参加をきっかけに自分の地域でも親の会を作った」など、参加者からたくさんの声が届いています。
その『全国のつどい』が新潟で開かれることになり、私たちはうれしさと不安を感じながら準備を始めました。この活動を通じて、互いの交流が深まり、元気と笑顔が広がって、子どもたちと親たち、先生たちが手をつなぎあえたらいいなと思っています。
まだ準備が始まったばかりなので、どんな仕事がありどんなスケジュールで仕事を進めていったらいいのか、わからないことばかりで、今後の実行委員会や事務局会議で話し合い進めていきますが、たくさんの力が必要なことは間違いありません。みなさん、ぜひ実行委員になってください。
また、活動のために資金も必要です。賛同してくださる方のカンパもどうぞお願いします。
カンパは、一口千円で、郵便振替でお願いします。
口座番号 00500−1−68780
2000年師走
『全国のつどい IN NIIGATA』事務局長
植田 一宏
第1回実行委員会を、12月23日(土)1時〜3時
新潟市教職員組合で開きます。たくさんのみなさんの参
加をお願いします。
また、異動等で引っ越され、住所が変わる方は、払込取扱票にその旨をご記入ください。西に直接連絡してくださってもOKです。
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