No.69  2000年1月

 


  あけましておめでとうございます
今年もよろしくお願いします

 みなさん、昨年はどんな年でしたか。私は、アーベルの会をはじめ、いろいろなところで新しい人たちと出会い、知り合えたことが、何よりもうれしい出来事でした。人との出会いは、自分の世界を広げてくれ、考えを幅広くしてくれます。今年もまた、そんな年になることを念じています。

 さて、西暦2000年です。ミレニアムをあてこんだ商売合戦やコンピュータの2000年問題など、様々な話題の中、新しい年がスタートします。2000年といっても、別に何の変わりもないはずなのですが、一つの区切りとして、今までを振り返りつつ、新しいことへのチャレンジをと、いつもの正月とはひと味違う、引き締まった年の始めにしたいと、ちょっと思っています。

今年もアーベルの会をよろしくお願いします。


『全国のつどい』報告集から


今年8月の『全国のつどい』の分科会報告集の中から、小中学生の不登校の部分をピックアップして掲載します。

【小学生の登校拒否】分科会

分科会として、初めに宇治のお母さんの体験を聞かせてもらいました。

 登校中、虫を見つけたりすると、登校班から出て見に行ったり、捕まえたりというような1、2年生だったというA君。お母さんはA君のことを、個性的でちょっと変わったところのある子と思って過ごしていましたが、5年生で登校拒否を始めてから、「この子はくじけない子だ。きっと変わる。」と信じてきたということです。後の感想の中でも、「兄弟間のことは、当人同士を信頼して任せる」とか、「地域の人たちにも、懇談会等で見かけたら声をかけてもらったらいいが、なぜ学校に行かないの?ということを聞かないで、といったことを話してきた」ことについて、「なるほど」という声がありました。

京都市の児童相談所の幸田先生からも、「みんなと一緒」が強調され、個性を持っている子は追い込まれることが多い。また、子どもとの“不安のやりとり”を、「これはよくない」と早く腹をくくったのがよかったということや、兄弟3人、どの子も一人一人の心を大切にし、何でもあっさりと言い合える風通しのよい家族であったのでしょうと、感想が述べられました。

 

小学校低学年の分散会

特に心に残ったことを、簡単ですがまとめてみました。

一つは、入学まもなくから“むずかしいこと”や“いっぱい”が要求されて苦しんでいる子がたくさんいるということです。漢字になるとパニックを起こしたり、算数の問題には全く手をつけなかったり、はちまきが結べない自分が許せないと思ったり

など、これらが日々一つや二つではなくなってきているのです。

本当は、ゆっくりとできるまでやりたい、わかるまで考えたいと思っているのに、現実は待たされずに次に進んでいくのが苦しい。言葉にできず、床に頭をぶつけて苦しみを表すという2年生。学校が怖い、みんなが怖いという3年生。

その上に、二重の苦しさを担任からかぶせてこられることが多くあること。親としてつらいのは、“元気やのに何で来れないの?来たら気持ちが切り替わるのでは?”とか、“わがまま、甘やかしでは?”という言葉。休んでいるにもかかわらず、学習の話ばかりで、担任と会うたび情緒不安定になる等、親子で学校の息苦しさを味わっていること、等々。

お母さん方の数に劣らないほど、たくさんの先生の参加がありました。学童の先生、小学校の先生、学校のこんな苦しさに自分もつらくなって、6年早く退職したという先生等々。

これからも未来ある子どもたちを真ん中に、このような場がたくさん持たれることを祈って筆を置きます。

 

小学校高学年の分散会

高学年は、低学年の頃から学校へのつらさを持ち続けている子と、日が浅い、深いの差はあるものの、親の持つ、子の持つ思いや悩みは共通しており、みんな同じところで悩んでいるんだということをあらためて実感しました。また、親以外に、教師・

学生などの参加もあり、子どもをとりまく各層からの思いが、率直に真剣に語られました。

親の思いとして、

・ 我が子が不登校になっても、共働きを続けてもよいのだろうか。

・ 親が先々のことを心配してしまい、進路や行動のレールをひいてしまうが、どの ようなものだろうか。

・ 休んでいて、好きなことだけをしていていいのだろうか。

・ 子どもの様子を話しても、学校(先生も含めて)の理解が得られず、苦しい思い をしている。

・ 先生と溝を感じる。

・ 家庭内暴力に悩んでいる。

・ 集団生活に緊張している子どもの姿を感じる。

・ 親からばかりでなく、先生からも悩みを打ち明けてほしい。・・・・・・等。

教師の思いとして、

・ 公教育の中で、すべての子どもが気持ちよく過ごしていくには、どうすればよい のか。

・ 家庭崩壊からくる不登校をどうすればよいか。

・ 教師・学校だけが悪いのだろうか。

・ 子どもの側の問題もリアルに見る必要があるのではないか。

・ 教師のあり方とは。・・・・・・等。

他には、

・ フリースクールなど、社会資源の選び方、活用の仕方も考えていくべき。

・ 子どもは学校の不安を職員に吐き出せていない(福祉施設の子どもたち)。・・・・ ・・等。   が出されました。

私がこの分科会で感じたことは、親も教師も子どものことを心配しているし悩んでいること、特に親はわが身を引き裂かれる思いをしている、そして、北から南からその重い思いを持って、ここに集い、仲間に出会い、語り合い、励まし合い、元気を分け当て、自分たちの力にしていっているということです。こうして学び合い、励ましあえる場があることは心強くすばらしいことです。しかし、参加したくてもできなかった人たちがいることを忘れては行けないと思うのです。ここで学び得たものを、自分の地域に戻って、参加できなかった親や教師とともに、子どもを考え、自分を考え、学校を考え、そして今の社会を考えていく“力”にしていきたいものです。大人でさえ生きていくことが大変な世の中、子どもにとってはなおさらです。登校拒否を社会問題としてとらえ、子どもたちを守るために大人たちが力を出し合い、自分たちの生活している場で、どんなことができるのか、具体的に取り組むことが必要だと思うし、その出発点が、この集いであればなぁと思います。

 

【中学生の登校拒否】分科会

中学1・2年の分散会

「どうしたら親は元気になれるのでしょう」という最初の発言から、この分散会は始まりました。

・ 小6の頃、いじめが引き金となって登校できなくなり、卒業式には死ぬ思いで行 った。中学入学後もしばらく登校していたが、また行けなくなった。妹もチックな どが出て心配である。どこへ行っても「お母さんが明るくでんとして」と言われる が、なかなかできない。

・ 昨年6月より登校できなくなった。原因を探したがわからない。カウンセリング でも、自分を責めないでと言われるが責めてしまう。家の中では明るく振る舞って いるが、つらくてしんどい。学級通信を届けてもらっても、明るく描かれていてギ ャップが大きい。

・ 学校へしんどそうに行っているときが一番つらかった。「どうしたの?」と聞く と、「酸素が足りない」と言う。

・ 自然の中を一緒に歩いていると、いろいろと話ができる。「今の自分は嫌い。友 達ができないかもしれない」「中学生は中途半端やなあ」などと言うようになった。・ 親の会に行って話をすると楽になった。子どもが発信するのを待ってやれるよう になった。

 

−水を含んだ綿の玉−

Mさんの体験発表の中で印象的だった言葉です。「休んでいるときの子どもの心の中には、水を含んで固まった綿の玉がどーんとあったように思います。真夏に窓を閉め切ってタオルケットにくるまっていた息子。でも、家族が受け容れ、ぬいぐるみやペットに守られて、ぬれていた綿が乾いて少しずつほぐれていくのがわかりました」 このMさんの体験を聞いて、「うちの子もそうだった」という発言が続きました。

・ 学校の友達がきたとき、部屋の隅で段ボールをかぶっていた。

・ 玄関まで行っても靴がはけない。布団から出られない。

・ ファミコンばかりの生活になった。

・ イライラして暴れた。

・ でも、子どもの言動というのは意味があるもんなんですね。

・ ぬれた綿のようだという表現に共感した。安心感や生きる喜びを感じるには時間 がかかる。縦の関係ではなく、横(対等)の関係が求められている。

 

−子どもは成長している−

・ 保育園の自由な雰囲気の中で育った子が、押しつけられることに絶えきれなくな って、中1から休んだ。「休んでもいいよ」と言ったら、安心して休めた。夏休み 前、「けじめやから一週間行って来る」と登校。子どもは成長している。自分を見 つけるために休んだのではないかと思う。

・ 危ない遊びをしている友達に注意して怪我をさせられた。言葉で謝らず、「も  の」で謝るやり方が納得できなかった。それからいじめが始まった。意志表示をし すぎたのかもしれない。友達をつくってもうわべだけ。深く話そうとすると嫌われ る。今は新しい出会いがあるが、大人の先入観に悩まされることが多い。(中学生)

・ 「全国のつどい」を待ち望んで参加した。つぎはぎだらけの心になっているが、 切腹は保留した。(中学生)

 

−揺れる自分もなかなかいい−

・ 共感する前に先生の立場になってしまって、子どもの思いを否定してしまう。  「あんたと一緒や」の一言が言えない。

・ 親も失敗しながら成長していく。後悔しながら、一歩ずつ進めたらいいのではな いかと思ったら楽になった。

・ 受け容れることと要求に従うことは別だ。と思うのだけれど・・・・・・。

・ 親も揺れる。教師も揺れる。揺れる自分もなかなかいい。

・ あなたの気持ち、わからないときはわかったふりをしない。

・ 沼に落ちた牛も、手綱を離したとき、初めて自分の足ではい上がる。あなたの人 生はあなたの足で歩いていい。

 

中学3年の分散会

 高校進学に対する不安と、修学旅行を一つの節として、行きたくても行けない葛藤やがんばって行った様子が出され、親と子供の心の揺れと、学校には行っていなくても成長している子どもの姿が語られました。

 

 「何とかきっかけを作って学校へ行ってくれたらとカウンセリングも受けた。学校へ戻らなくてもよいと割り切れたとき楽になったが、どういう気持ちで待つのか、援助とは何か」。教師の立場から、「高校受験が気になり、どんな勉強をしたらよいのかと聞かれる。親も子も受験から抜け切れていないところに、どう声かけをしたらよいのか」など悩みが出されました。

また、「学校からは、登校さえしてくれたら学校では普通ですといわれ、登校刺激をしていたが、行けなくなった」「中学校は子どもの権利を侵している。盲導犬扱いされている」「髪を染めて行ったら、教室に入れてもらえなかった」「学校は巨塔のようで手が出せない存在。本当の意味の教育がなされているのか」など、登校拒否への無理解や取り組みの遅れによる子どもの苦しみ、学校に対する思いや不満も出されました。

 一方、「保健室で子どもと話す機会を多く持つようにする中で、学校のこと、家のことを話してくれてわかるようになった。家庭訪問して親と話せる関係を築いてきた。担任任せでなく、教師集団として取り組む中で、子どもの居場所をつくってきた」「美術の先生が訪ねてきたとき、集めていたガンダムの人形を見せたら、美術の評価に入れてくれたことから、先生に対する不信が和らぎ、今は工業高校に進学している」など、子どもを受け容れようとする教師の取り組みが紹介されました。

「“親心は下心”との話があったが、自分もそんな親だった。子どもが修学旅行に行こうとしたとき茶髪にし、それを心の杖として行った。それがないと踏んばれない。そのことで自分をコントロールできるのならよい」「中学を卒業したらボクシングの道に進みたい。そのためにきつい仕事に耐えられるのならと、夏休み現場で働いている。中3の次は高校でなくてもよい。ワンクッションおいてからでもよいのではないか。挫折を味わってからでも、進路を考えていけばよい」「通信制高校をめざしたが、やっぱり自分は行けないと断り、現在は家にいる。自分なりに判断できたことは大きな成長。中3の時期は親の気持ちは揺れるが、子どもはもっと揺れている。高校に行かなくても、子どもは成長している。いろいろなケースがあるが、先回りせず、子どもの心に寄り添うことが大切ではないかと思う」と、子どもの心を理解しようとする姿が語られました。

また、「進路選択の時、今の自分では嫌だが、どこへも行けない。自分でニュージーランドに行くと決めて、前日まで自分では動かず親任せであったが、当日になると自分で発ち、2週間無事に過ごして帰ってきた。戻っても動かずにいたが、またオーストラリアに行けた。子どもはゆっくり自分と向き合って成長する底力を持っているのだと感じた」「41歳の娘。中1から行けなくなり、まだ登校拒否のことなどわからず取り返しのつかないことをした。5年前の父親の死をきっかけに、東洋医学をめざし高卒の資格を得るため、3年かかって大検の資格を取って専門学校に入学した。人間関係に疲れながらもがんばっている。本人が本当にやりたいと思ったら、遅すぎることはない。いつからでもできる。抜けた部分を埋めていかないと前に進めないと、一生懸命埋めているように感じる。心が満たされたとき、前に進める。孫が中1から休み始め、娘のことを教訓にしてみんなで見守ってきた。自転車で東京へ行くことも体験し、その後転校して友達にも恵まれて高校へ入学。入学したその日にやめて、とび職になる。独立をめざし、今は一人暮らしを始め自立した。温かく見守ることが大切だと痛感する」とのおばあちゃんの発言に元気づけられました。

 

一見、家でダラダラ過ごしているように見える子どもの姿。親も子も、高校という学歴に縛られる。いったいいつまで待てばよいのか。待つとはどういうことなのか。親は揺れながらも大丈夫と思ったり、子どもの小さな成長を見つけられたりしています。
いろんな子がいて、原因やきっかけ、生活も様々だけど、こういうときにはこの対応というものはなく、それぞれがそれぞれのやり方でやっていく。子どもの居場所が、家庭に、学校にあるように。

子どもの持っている力を信じ、“自分探し”の中で自立に向かって、自分で決めてやっていくことの大切さや、共感し温かく見守り、子どもの心に添っていくことの大切さが語られました。
卒業後の進路は、高校進学だけではない。ワンクッションおいてもよいと、子どもの側に立って考えられるようになったときに、子どもの進む道に対して選択肢が大きく広がっていくのではないかと、多くの発言から感じました。
今後も、“親の会”や“つどい”など、ともに共感し本音で語れる場を持っていくことの大切さと、この出会いが明日からの子育ての力になることを願って、閉会しました。


先月の報告と会員の皆様へのお願い

先月は、新津例会とはっそう会スタッフを中心に、18名が参加して「田舎屋」で忘年会が行われました。落ち着いた雰囲気の会場で、飲み物も料理もじっくり味わえ、会話も弾み、大満足の会になりました。二次会はさらに貸し切り状態の部屋で、これまた楽しいひとときを過ごせました。参加されたみなさん、ありがとうございました。

新潟例会は、新しくご夫婦で参加された方と、アーベルの会の発足から関わってこられた山口さんと広川さん、そして私の5人の出席でしたが、新しい方のお話を中心に、山口さん、広川さんの体験や、今の中学校の様子、勉強のこと、夫婦のことなど、話がぐんぐん広がり、私自身とても刺激になり勉強になりました。「出口の見えないトンネルの中にいる気分でしたが、山口さんの話を聞いて、あかりが見えたような気がします。元気が出ました」と、初参加のNさんの感想をお聞きして、やはりアーベルの会は、「不登校の相談機関」ではなく、「親と教師の体験交流のなかで、本音を出し合って元気を取り戻していく場だ」という思いをあらためて強くしました。

しかし、せっかく新しい方が参加されても、「我が子の不登校」を体験された「先輩?」の参加がないと、どうしてもアドバイスを期待するような場になってしまい、一番大切な「親自身が受け容れられ、癒される場」というアーベルの会本来の意義がかすんでしまいます。相談機関は、以前に比べたらかなり整備され、中味も充実してきていますので、アーベルの会でなくてもいいわけですし、同じようなアドバイスをもらってもしょうがないわけで、そんなことも最近の例会参加者が減っているという原因かもしれません。

やはり、アーベルの会は、例会が命です。そして例会は、「教育相談の場」ではなく、どこにも出せず胸にしまったままでいる様々な思いをはきだし、同じ体験をされた人の話を聞きながら、ホッとできたり、うれしくなれたり、元気が出たり・・・・・・そんな場でありたいと思います。そのために、一人でも多くの会員から参加していただけたらと願っています。「子どもはもう登校拒否を卒業したから」という方こそ、渦中にいた時期のことや、それをどんな風に乗り越えてきたかについて、お話ししていただけたらと思います。

これからますます寒さが厳しくなる夜の例会ですから、お忙しい中、毎回の参加は難しいかもしれませんが、もし都合がつきましたら、ぜひ足を運んでいただき、新しい参加者のお話を聞いていただいたり、ご自分の体験をお話ししてください。

新潟例会、新津例会、巻例会、吉田例会、それぞれの例会で、懐かしいみなさんの参加を、心からお待ちしております。


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