プリンキピア成立までの道のり(2)


 ここでは、プリンキピア成立までの道のり、とりわけ、ニュートン自身が書いた『雑記帳』について考えていきたい。

Newton 『雑記帳(Waste Book. 1665-1666年作成)[5]』


定義1

 もし一つの量(あるいは物体)が延長の一つの部分〔すなわち場所〕から他〔の場所〕へ移される(あるいは通過する)ならば、それは運動していると言われる。

 ここでは、運動の定義を示し、運動を位置的な変化としている。現在では当然のことのように思えるが、アリストテレスの自然観では、(1)位置の変化、場所の移動、(2)質的変化、変色など、(3)量的変化、物体の大きさの変化など、(4)実体上の変化、生成消滅、というように運動には4つの種類があり、ニュートンが生まれた頃にやっと位置変化のことを『運動』と言うようになった。

定義2

 一つの量(あるいは物体)は、それが通過する距離が、同じ時間内に他のものが通過する距離より大きいだけ、それだけより速い。

 ここでは、一定時間における位置変化の大きさ、一定時間における通過距離を物体の『速さ』としている。


定義3

 一つの物体の運動の大きさの、他の物体の運動の大きさに対する比は次の比と等しい。すなわち、その物体が通過する距離に物体の量をかけ合わせたものと、他の物体が同じ時間に通過する距離に他の物体の量をかけ合わせたものとの比。
 一つの量の運動は他のものの運動に対して、その状態を維持するためのそれらの能力(powers to persevere in that state)に比例する。


 ここでは、運動の大きさについて説明している。つまり、一定時間における通過距離(rとする)と物体の量(mとする)との積を『運動の大きさ』とし、それぞれの運動の大きさの比は、rAmA:rBmBで表わされる。また、この積は、その状態を継続するための能力(つまり、慣性)の目安となることも述べている。


定義4

 同じ向きに動く量は同じ運動の方向(determination)をもっていると言われ、異なった向きに動くものは異なった方向をもっていると言われる。

 ここでは、運動の方向について触れられており、運動のベクトル性に注意が向けられている。デカルトではここの部分にあまり触れられておらず、ベクトルの認識がされていなかったらしい。そのために衝突論における多くの間違いを生むことになってしまった。


公理1

 もし、一つの量がひとたび運動すると、それは何か外的原因によって妨害されないかぎり、決して静止しない。

 ここでは、一度動かされた物体は、再び外的原因がなければ静止しないこと、つまり慣性の法則を述べている。


公理2

 一つの量は、何か外的原因がそれを〔他の方向へ〕そらさないかぎり、同じ直線内をたえず運動しつづける。

 ここでは、前の公理1に関連して、外的原因がそれまでの運動の方向をそらすものでなければ、それまでと同じ直線上を運動し続けることを述べている。


公理3

 物体を静止から運動させるために必要とされたのと同じ大きさでそれ以上でない力が、その運動している物体を静止に戻すのに必要とされる。

 ここでは、静止していた物体が外的原因によって動かされ、ふたたび外的原因によって静止させるためには、静止から運動状態に変えたときとちょうど同じ大きさの力を加える必要があるとしている。


公理4

 物体の中の運動の量を破壊するのに必要な力と同じ大きさの力が、それを生ずるのに必要とされる。それを生ずるのに必要とされたのと同じ大きさのものが、それを破壊するのに必要とされる。

 ここでは、ある大きさの運動量を増加させるにはその分を減少させるのに必要な力が必要であり、逆に、ある大きさの運動量を減少させるにはその分を増加させるのに必要な力が必要であることを述べ、力と運動との関係を述べている。公理1の慣性の法則と公理3の特別な場合における運動の法則から、包括的な運動の法則へと向かっていることがうかがえる。運動量の変化は外力に比例し、力が加えられた直線方向にそって生ずるという、ニュートンの運動の第2法則の原型と言える。


公理5

 もし、二つの大きさの等しい物体(b,c)が等しくない力によって動かされると、bを動かす力とcを動かす力の比は、bの運動のcの運動に対する比であり、bの速さのcの速さに対する比である。

 つまり、2つの等しい物体のそれぞれに等しくない力を加えて動かすと、Fを力、pを運動(量)、vを速さ、mを物体(の大きさ、質量)とすると、
 Fb:Fc = pb:pc = mvb:mvc = vb:vc
 以上のような関係が成り立ち、複数の物体間の力と運動と速さの関係を述べている。

公理6

 もし、同じ力が二つの〔大きさの〕等しくない物体(aとb)を動かすならば、物体aの速さのbの速さに対する比は、bのaに対する比である。それゆえ、両物体の運動は等しい。

 つまり、2つの等しくない物体のそれぞれに等しい力を加えて動かすと、
 va:vb = F/ma:F/mb = ma/ma:ma/mc = mamb/ma:mamb/mb = mb:ma
 以上のことから、
 pa:pb = mava:mbvb =mavb:mbva = 1:1
 よって、等しくない物体に等しい力を加えた場合、それぞれの速さを異なるが、運動量は等しくなることがこの公理6から言えた。

公理7

 もし、cの方に向かってaとbの二つの物体が同じ方向に運動しているならば、aがbに追いついても、両者の運動の総量は失われない。なぜならば、bがaを押すのと同じ大きさでaはbを押し、それゆえbの運動はaが減らした運動の分だけ増すだろうから。

公理8

 もし、二つの物体(aとb)が互いに向かって運動し、c点で出会うならば、そのときには両者の運動の差も方向も失われない。なぜならばそれらの衝突の際、互いに他を等しく押し、そしてそれゆえ、一つのものは他のものが失うのと同じだけ運動を失わなければならないからである。それゆえ、両者の運動の差は破壊されない。

 この公理7・8は、運動量保存則と運動の第3法則(作用反作用の法則)にあたる。


公理20

 中空の円柱あるいは球面の内部で、小さな球体coが一様円運動しているとせよ。 この球体が直線的にではなく、円状に運動しているということは、〔内部壁面の〕あらゆる点において、接線〔方向〕からの連続的な抑止あるいは反射が行われていることを示している。円柱または球面の内部壁面とそこを回転している球体が連続的に互いに押し合っているのである。そうでなければ物体defが物体coの運動を抑止し曲げることはできない。[30]

公理21

 それゆえ、円的に動かされるすべての物体は、それらがそのまわりを動く中心から〔遠ざかろうとするところ〕の衝動をもつ。そうでなければ物体coはdefを連続的に押すことはできない。

 公理20、21では、円運動(C図)を扱っている。初期のニュートンの円運動に関する考えでは、遠心力が思考上の中心であった。なぜかというと、公理20のような条件で物体を円運動させると、物体は遠ざかろうとする(外向きの)衝動を持つからである。しかしこの遠心力の考え方は後に、フックの影響によって、円運動においては求心力を考えるようになる。
 さて、それまで瞬間的にしか力を加えない衝突における運動を扱ってきたが、円運動を題材にしてここでは連続的に力が加わる運動に取り組んでいる。
 ニュートンは計算によって、地球の公転と自転による遠心力の大きさと重力の大きさの割合を求め、自転による遠心力は重力よりも大変小さく、公転による遠心力はさらに小さいことが分かり、地球が回っていても宇宙に投げ出されない理由が解明できたのである。ニュートンの研究上、計算は大変な威力を発揮したといえよう。


公理100

 あらゆる事物は、それが何か外的原因によって妨害されないかぎり、それのいまある状態を自然的に維持する。・・・・・・一つの物体はひとたび動かされると、その運動の同じ速さ、量、方向をたえず保持するだろう。
 等しい速さの諸物体においては、それらの状態を維持する能力は、それらの物体の大きさに比例する。


 ここでは、公理1、2が統合され、ニュートンの運動の第1法則(慣性の法則)にあたる部分となっている。そして、その状態を維持する能力(慣性)が物体の大きさに比例すると言っているように、慣性質量の概念が現われている。


公理115

 ・・・・・・同じ量の運動を失う、または得るに際しては、物体はその状態における同じ量の変化を被り、そして同じ物体においては、等しい力は等しい運動の変化を生じるだろう。

 ここでは、運動の第2法則について触れており、先の公理4と同じようなことを言っている。


公理121

 もし、二つの物体pとrが互いに出会うならば、両者における抵抗は同一である。というのは、pがrを押すのと同じ大きさでrがpを押すからである。そしてそれゆえ、両者はこれらの運動において等しい変化を被らなければならない。

 ここでは、衝突時における相互作用、作用反作用に触れている。


 このWaste Bookは、ニュートンが大学を卒業(1665年1月)してから、1665から1666年(22-23歳)の時に書かれたものである。ニュートンは、1666年に重力について研究していた。1686年のハリー宛の手紙の中で、ニュートンは1665年ないし1666年にケプラーの法則から、「重さは互いに引き合う物体間の距離の逆2乗に比例して減少しなければならない」という結論を導き出していたようだ。この時のWaste Bookでは、すでに運動の三法則や諸定義が記されており、多少の間違いや分かりにくい表現があるものの、プリンキピアの原型は、すでにその出版のおよそ20年前のこの時期にできていたことがうかがえる。