ホイヘンスの衝突論
ホイヘンス(Christiaan Huygens 1629-1695)は、若いころから数学的才能が目覚ましく、また、デカルトの哲学原理には大変関心を寄せており、深く影響を受けたようである。しかし、彼はそこに多くの誤りがあることにも気付き、デカルトの衝突の規則において第1規則以外はすべて間違いであるとして、自らその解決に取り組んだ。
『衝突論』(『衝突による物体の運動について』)を1656年にはすでに書き上げていたようで、これは彼の死後の1703年に遺稿集として出版された。その中では、運動量保存則について方向を考慮に入れて成り立つこと、相対速度の考え方を取り入れていること、完全弾性衝突の場合にエネルギー保存則が成り立つことなど、衝突論におけるホイヘンスの研究が大変進んでいたことがうかがえる。また、完全弾性衝突だけでなく、1667年頃には非弾性衝突の法則をも把握したようだ。したがって、この『衝突論』はプリンキピアの完成以前において、力学を大きく前進させていたと言えるであろう。
この他に彼の著書には、『振子時計』(1673年)、『光についての論考』(1690年)などがあり、振り子や光、土星などの研究にも力を注いだ。 ホイヘンスは、光が進むのに時間を要すること、光は波のような性質を持ち、エーテル粒子の弾性衝突によって進むことなどを提唱し、ニュートンの光の粒子説と対立したことは有名なことである。