近代科学の幕開け
コペルニクスの思想
古代ギリシャにおいて、地球は太陽の周りを1年で回転しているという考えが一部にあった。アリスタルコスが紀元前3世紀に唱えたものであったが、地球は静止し、太陽などが地球の周りを回っているという『天動説』に圧倒されてしまった。それから約2000年後に、地球が太陽の周りを回っているという『地動説』を大々的に主張したのが、コペルニクス(Nicolaus Copernicus, 1473-1543)であった。まず『コメンタリオルス』(『天の運動を説明する仮説の概要』、1510年頃)を著し、それをさらに内容を充実させ、ついに彼の大著『天球の回転について』(De Revolutionibus Orbium Caelestium、1543年)が、彼の亡くなった年に出版された。
彼の提起した地動説は、まだ観測によって実証されておらず、天動説よりも優れた説であることが証明されてはいなかった。我々が生活している上で、地球が動いていると感じることはなく、天動説を支持する人々に対する反論も完全ではなかったので、依然としてこの時代は天動説が主流であった。
しかし、彼の死後、この地動説の提起がやがて『科学革命』をもたらすことになった。
ここでは、コペルニクスの議論には深入りせず、彼の主張の概要についてだけ紹介する。
1:すべての天球が1つの共通の点を中心としているのではない。
2:地球の中心は宇宙の中心ではない。それは単に、重い物体の向かう中心であり、月の天球の中心であるにすぎない。
3:すべての天球は太陽を中心として回転しおり、太陽が宇宙の中心である。
4:太陽と地球の間の距離の、天空(恒星天球)の高さに対する比は、地球の半径の、太陽-地球間の距離に対する比よりもはるかに小さい。それゆえ、太陽と地球の距離は、天空の高さに比べれば無に等しい。
5:天空(恒星天球)に見られる運動は、どれ1つとっても天空の運動ではなく、地球の運動から生じる。地球は、付随物とともに地軸のまわりを1日1周するのであり、天空は不動のままである。
6:太陽の運動であると見えるものは、太陽の運動から生じているものではなく、地球の運動(自転)と地球の天球の運動(公転)から生じる。他の惑星と同様に、地球はその天球によって太陽のまわりを回る。地球は複数の運動をする。
7:惑星の見かけの逆行、順行は、惑星自体の運動から生じるのではなく、地球の運動から生じる。したがって、天における非常に多くの見かけの不規則な運動を説明するのに地球の運動だけで十分である。